ファイナンシャルプランニング

「ヘドニック・トレッドミル」を制する者は人生設計を制す

先進国に住む人は必ずしも後進国の人よりも幸せな人生を送っていないという現象があります。

また、年収2,000万円を稼いでたとしても年収500万円の人よりも幸福度が低いというケースもあります。

なぜこのような現象が起きるのでしょうか?

大きな原因の一つはヘドニック・トレッドミル現象に心が翻弄されていることによります。

この現象を知っているか知っていないかで人生の豊かさに大きな差を生むと考えており、人生設計・資産形成において超重要なポイントです。

ヘドニック・トレッドミル現象とはそもそも何なのか?という点。また、将来設計・人生設計の観点でこれをどのように捉えていけばよいのかについて考察します。

私自身はファイナンシャルアドバイザーとして資産形成等々のサポートをさせて頂いておりますが、このような心的要素をとても大事にしています。

一定量の資産形成は人生の幸福度に影響を及ぼすと信じていますが、それと同時に心的な準備ができていなければ幸福度は上がらない(場合によってはお金が増えても不幸に向かっていく)と考えています。

かっしー
かっしー
ヘドニック・トレッドミル現象を頭で理解するだけでもお金との関わり方が整うのではないでしょうか!

ヘドニック・トレッドミル現象とは?

幸福感に慣れる

ヘドニック・トレッドミル現象の本質は”得られた幸福に慣れる”ことにあります。

日本語訳では”快楽のランニングマシン”と言われるようですが、人間の幸福感に慣れてしまう性質から、どれだけ走っても求める幸福にたどり着けない現象を指します。

この現象の一片を日常生活を通して感じたことがある人も少なくないはずです。

例えば、学生だった立場の人が仕事を始め収入が入りだし、人生で初めての高級バッグを購入した時。

とてもウキウキしたはずなのに、購入後しばらくするとそのウキウキ度は限りなく0に近づいていきます。

また、そのウキウキ感を再度得ようとまた次の高級バッグを買ってみても、初めて買った時の感動は得られません。

ヘドニック・トレッドミル現象に関して宝くじの高額当選者の調査も存在します。

1億円当たれ!!と思って宝くじを買っているのでしょうが、実際宝くじに当たった人の1年後の幸福度は宝くじが当たる前の幸福度、もしくは当たらなかった人の幸福度と同等という結果となっています。

私自身のことも一つ例に挙げます。

マレーシアに住んでいることもあって賃貸がそれほど高くないため、日本だと家賃40,50万円はするようなコンドミニアムに住んでたことがありました。

景色もとても良いですし、それこそ最初の頃は満足度はとても高かったのですが、しばらく経つと景色は見なくなりますし、めちゃめちゃ良い部屋じゃん!!とは全く思わなくなりました。

もう一つの側面”不幸にも慣れる”

人間は幸福にも慣れるし不幸にも慣れる側面を持っています。

これも心理学の世界では有名な調査ですが、事故などで下半身不随などいわゆる五体満足ではなくなった人に行った調査がありました。

自由を失った時には絶望・不幸を感じ、なんでこのような不幸な事が自分に起きるだろうと思うはずです。

私にもし起きたなら私も間違いなくそう思うはずです。

それでも時間が経つと、苦しんでいたはずの人達の不幸度・幸福度は事故に合わなかった人達と変わらないという平均値に収まります。

人生設計・資産形成の観点でヘドニック・トレッドミルを考える

良いお金の使い方をしなければ幸福度は上がらない

この記事で紹介されている調査以外にも人生の幸福度に関して様々な研究が世界中でされています。

大事なポイントとしては”お金があれば自分の人生は幸せになる”というお金が全ての拝金主義的思考では幸福度は上がらないということです。

”これは自分の幸福度が上がる”と思えることを選択し、出費・投資をすることで初めてお金は人生を豊かにし幸福度を上げることができます。

なんとなく惰性で使っているお金・幸福度を上げない使い方をしているお金はヘドニック・トレッドミル現象と照らし合わせて考えるとわかりますが、ただの経済的無駄です。

節約節約と言うとなんか後ろ向きな感じがするので私は支出の最適化という言葉を使用していますが、自分がお金を使う対象が何かしらの価値をもたらす投資的観点を持つのか、最終的に何にも繋がらない浪費なのかを自覚することはとても重要です。

FIRE第一人者クリスティー・シェンさんが主張する出費の合理化

FIREの第一人者であるクリスティー・シェンさんは経済的自由を手に入れるために行う出費の合理化は誰にでもできると主張しています。

出費の合理化を行うことで経済的な自由を目指す人をオプティマイザーと表現しています。

彼女の場合は徹底的で、あなたを幸せにしない支出を削るのは当然で、”痛みが伴う場合でも支出を削る”必要性を説いています。

これはヘドニック・トレッドミルの観点で考えるともっともで、一瞬失ったものに対して不幸・不自由な感覚を覚えるかもしれないけども時間が経てばその感情も無くなるというものです。

私の思考は彼女のこの考え方に元々似ているので、徹底的に合理化を行うことを”辛さ”とは全く思いません。

中にはそんなことはできないと最初から向き合わない人もいるかもしれませんが、大なり小なり取り組めるかどうかで10年後20年後の人生設計は大きく変わります。

後半・最後が大事

私も相当レベルのオプティマイザーで(もちろん支出の合理化だけでなく投資活動も行っていますが)浪費は絶対にしたくない人間です。

私自身のオプティマイザーぶりを人に話すと、今の時間を犠牲にしているようで人生楽しんでいるのか?のように嫌味を言われることもありますが、そのような考え方は私観点で言えばあまりに物事をわかってない人です。

第一に、今回紹介しているヘドニック・トレッドミル現象はおそらく全ての人に起こるので、お金を使わないことは幸福度の観点で見れば何も犠牲になっていないからです。

第二に、ダニエル・カーネマンという学者という私が好きな学者がいるのですが、彼の主張の一つに人間の幸福度は一連の時間の後半・最後の結果に影響されるというものがあります。

つまり、楽しい・幸せだと思える時間の総量が大事なのではなく、自分が目指したい形・姿に近づいている人の人生の方が幸福度が高いという考え方です。

違った観点でこれを解釈すると、楽しい・幸せだと思える時間の総量が多かったとしても、一連の時間の後半・最後が不幸であれば人間はその全ての時間を不幸な時間だったと認識するというものです。

もっとお金を貯めておくべきだった・・・の正体

これは私自身も仕事を通して実際に耳にすることですが40代・50代になってからもっとお金のことをちゃんとしておくべきだった、もっと貯めれた、、、と言う人がいます。

この”過去を振り返った発言”をよく考えると、

  • 幸福度がもはや残っていない過去の物事に対し
  • 選択せずにお金を使い続けた結果
  • 資産を形成することができず
  • 必要な時が来たのにお金が足らず
  • 人生の自由度を高める方向に向かえず
  • 幸福度を高める人生を送れていない

という形にはまります。

上記のような後悔を持つ人は幸福度を上げないためにお金を使ってきたとも言えるので、計画建ててお金の使い・貯めている人に対してごちゃごちゃいう人を相手にする必要はありません。

ヘドニック・トレッドミルと人生設計

私やクリスティー・シェンさんのように超合理的に判断して人生に必要の無いものを即座に切り捨てられる人もいるかと思いますし、そうでない人も中にはいると思います。

また、切り捨てられる内容も人によっては違います。

私自身はミーティングや友人と会う時は別ですが外でコーヒーを買いません。

私にとっては幸福度を上げない浪費だからです。

これは私の観点であって、外で飲むコーヒーがとてもとても幸せを感じるという人もいるかもしれません。

そのような人は自身の出費と機会を大事にするべきだと思いますし、どの出費を無くすのかは人それぞれです。

大事なポイントはヘドニック・トレッドミルに気づかずに惰性で出費・浪費を続けた結果、十分な資産形成ができずに結果的に適切な人生設計ができないという現象を避けなければならないということです。

今回の記事ではヘドニック・トレッドミル現象の紹介となりましたが、少なくても頭で理解できていることは重要だと考えています。

圧倒的な収入力や投資力があればまた別な話ですが、多くの人にとっては、選択と出費の合理化を行わなければ時間が経っても幸福度が上がらない時間の流れの中から抜け出せないという話です。

もちろん何でもかんでも我慢しろという話ではありません。

楽しむ時は楽しむことも同様に大事なことです。

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